いきなり質問で恐縮ですが、皆さんは「文明」をどう定義しますか?
実は文明の定義は明確なようで、議論をする人によってさまざまな意味で使用されており、非常に多面的・多義的な概念であるということができます。
しかし、一般的に現代社会において、「文明」が議論されるのは大きく2つの側面があるということができます。
第一は古典的な意味での「文明」。あるいは歴史学的な解釈による「文明」と呼んでもよいものです。
例えば、多くの人が歴史の教科書などで世界四大文明として「エジプト文明」、「インダス文明」、「メソポタミア文明」、「黄河文明」の4つの文明を見たり聞いたことがあるのではないでしょうか。あるいはローマ文明やアステカ文明なども有名です。こうした場面で使用される「文明」という言葉は、実は文明が私たちの歴史や社会を構成する重要な要素を作り出したという考え方に基づいています。
例えば、文字。文字によって人類は、個人が考えたことを多くの人に伝達したり、個人の記憶を記録として集団に行き渡らせることが可能になりました。
あるいは、高度な統治システムを築き上げ、長期的・持続的に発展する社会の在り方を作り上げることに成功していた特徴などが文明にはあげられます。
文字にしても、統治システムにしても、ある特定の人間集団が同一のルールや手法に従うことが求められます。文字の書き方が個人個人でバラバラでは文字を読むほうが混乱してしまいますし、統治者の命令が日によって変わるようでは従うほうも何を信じてよいのか分からなくなってしまいます。そのため、「文明」の中にいる人は、一定のルールを共有し、一定の手法・仕組みを守って生きることを余儀なくされます。
ですから、「文化」といった場合、そこで暮らしていた人々の暮らしぶりや風習に注目されるのに対して、「文明」といった場合には、そこに暮らしていた人々がどういったルールの下でどのような文字や器具を使い、いかにして社会を成り立たせていたのかということに注目されるのですね。こういった概念をまとめた言葉として、古典的・歴史学的な意味での「文明」は使用されるのです。
第二の「文明」は、国際政治学や社会学の文脈で使用されるものです。この意味での「文明」の使い方は、特にサミュエル・ハンチントンというアメリカの学者が『文明の衝突』という本を書いてから、飛躍的に使用されるようになった概念です。
歴史のいくつかの段階では、人間同士の戦争や衝突が、国や地域、民族を超えて行われることが目撃されます。例えば、プロテスタント対カソリック、枢軸国対連合国、資本主義圏対社会主義圏などといった具合です。特に第二次世界大戦が終わった後、世界は冷戦の時代を迎えて社会主義圏と資本主義圏という大きな2つのくくりに分離されました(もちろんこのくくりに入らなかった国もたくさんあります)。そして、最終的にソビエト連邦が崩壊する形で社会主義圏は事実上の終焉を迎えます。宗教戦争を乗り越え、独裁的国家主義を倒壊させ、さらに冷戦が解消した現代社会では真に平和な世の中に世界が向かっていくという楽観論もありました。しかし、現実の世界ではそうはならなかった。むしろ、世界中で今まで見られることのなかった紛争が多発するようになったのです。
こうした状況が観察される中で、サミュエル・ハンチントンという学者が提起した『文明の衝突』という概念体系は、極めて大きな影響を、学問のみならず世界の政治や社会にもたらしました。
詳しい話はハンチントンの本を実際に読んでもらうとして(『文明の衝突』はとても分厚い本です)、きわめてざっくりと大雑把にこの本のテーマを紹介すると、ハンチントンは世界をいくつかの「文明」というグループに分けて、その文明と文明との境界線に位置する地域(ハンチントンはこの境界線を「フォルトライン“Fault line”=断層線」と名付けました)で紛争が発生するメカニズムを解き明かそうと試みました。例えば、イスラエルやシリアなどで紛争が多発するのは、西洋文明とイスラム文明とが対立しつつ併存する形で世界に存在するため、そのフォルトラインになっているイスラエルやシリアでは紛争が発生しやすい、と説明したのです。このハンチントンの『文明の衝突』という考え方・世界情勢の捕え方は世界中で大論争を巻き起こし、いまだに賛成・反対の激論が続いているのですが、一つのものの見方として大きな影響力を持っていることは間違いありません。
そして、それまで、古典的・歴史学的解釈の意味合いが強かった「文明」という言葉は、政治的・社会学的な意味合いも強く持つ言葉に変容していったのでした。
さて、今まで長々と「文明」という言葉について考察してきましたが、それは「房総文明」というこれから考える文明の在り方について、既存の文明論の考え方が重要な意味を持つからです。
まず、第一の古典的・歴史学的な意味での「文明」では、文明の内部で共有される「共通した考え方・ルール」が文明の存立についても極めて重要な意味を持っていたことを思い出してください。逆に考えれば、新たな文明はこの「共通した考え方・ルール」を構成要素として、必ず持っていなくてはいけないということになります。文明の定義を考えていく中で、文明であれば「共通した考え方・ルール」を必ず持っていなくてはいけないことがわかるのです。
次に、第二の意味における「文明」の話です。この話が次章につながってくるのですが、前段でサミュエル・ハンチントンは世界の国々や地域をいくつかの文明に分けたと申し上げました。ここで、ハンチントンは実に不思議というか、極めて例外的な文明のくくりを一つあげるのです。
それが「日本文明」。
日本は、日本という国でもあり、日本文明という文明でもあるとハンチントンは定義したのです。ハンチントンの議論が最も有名ですが、それまでにも多くの「文明論」とでも呼ぶべき論争がありました。実は「日本」という国をどう位置づけるのか、世界中の学者が頭を悩ませ、様々な要件を挙げて日本をどの文明に属するか主張してきたのです。
日本の隣には、四大文明である黄河文明から始まって、世界史に常に巨大な影響を及ぼし続けている中国を主体とした中華文明があります。ですから、日本は中華文明の亜種とみる人たちもいます。
しかし、現在主流となっているのは、日本を独自の文明とみて、日本文明と位置付けるものです。なぜならば、他の主たる文明の亜種と思われる地域に比べて、圧倒的に日本を文明としてみた場合の独自性が高く、また中華(中国)文明と比べても相違点が多すぎて日本と中国を一緒くたに扱うと、逆に中華文明の定義や範囲が曖昧になってしまうこともあるようです。また、日本が歴史上一度も中国の侵略に屈することなくその版図として取り込まれることもなかったことも間違いなく影響しています。
しかし、当事者たる日本人はそのことに国粋主義的な高揚を感じている場合ではありません。また誇大妄想による日本独自論も危ういこと限りありません。
第一の古典的・歴史学的解釈での「文明」の定義を思い返してください。
例えば文字は日本独自で発明したものでしょうか?答えは否で、中国から輸入してきた漢字を日本に合わせて変形させたものを使用しています。
あるいは国家的な統治システムはどうでしょうか。これも、奈良時代に中国から輸入してきた制度を日本式にしたり、宗教にしても仏教を取り入れて国民を教化したりしていました。そして近代に入ると今度は欧州列強にならって国家主義的な統治制度を取り入れた。第二次世界大戦後だって、アメリカをはじめとする西洋諸国の制度がずいぶんとたくさん輸入され取り入れられたものがいまだにちゃんと残っています。
つまり、日本文明を位置付けるものは文字でもなく、統治システムでもない、別のものを想起しなくてはいけません。これがまさに日本文明の特殊性で、日本および海外の識者を悩ませるもとでもあるのです。そして、日本人がもし日本文明が特殊であり、世界的に見ても「日本文明」という独自のくくりを適用してほしいと考えるようであれば、当然ながらその独自性の根拠は何なのか、それをしっかり言語として説明できるようでなくてはいけません。消去法で仕方なく日本文明という例外ができたというのでは情けなさすぎます。ここでこの文章を読まれている皆様も日本文明とは何なのか、それを簡潔に海外の人々に説明できるかどうか、ぜひ考えてみてほしいのです。
さて、ここまで読んできて、文明をめぐる定義であったり解釈であったり、文明論をめぐる論争の中で、日本文明の特殊性が浮かび上がってくるわけですが、そのことは次章で詳細に検討することにして、本書における「文明」という言葉の定義をあらかじめここで提起しておきたいと思います。今までに見てきた通り、文明という定義は非常に多義的・多面的でありますし、定義の論争に巻き込まれると私が本当に議論したいところまで到達できなくなってしまいます。そのため、本書で筆者が「文明」といった場合には、「このような定義づけで使っています」ということをあらかじめ明示しておこうと考えた次第です。
文明とは、価値の共有体制として人々の生活システムを包み込むもの
ここから先で使われる文明は、上記の定義に基づいて書かれています。少しずつ分解して説明していきましょう。
まず「価値の共有体制」です。
現代社会においては、「価値」のレイヤー(層)が個人個人によって異なるという複雑性を持っています。例えば、宗教が一番の人もいれば、経済が一番という人もおり、一方で階級的な身分を一番に考える人もあれば、社会的なニーズを最重要視する人もいる。そして、さらにややこしいことに、現代社会はこうした多様な価値観そのものを重視するという「多様な価値」の価値化という事態すら起きているのです。このようなことは時代を遡るとあり得なかったことです。時の支配者に逆らうようなことを言えば殺されてしまいますし、宗教上のタブーに触れれば殺されてしまいますし、いくら商売上手でも階級が違うものに無礼を働けば殺されてしまう、そういう時代がかつてはあったのです。
そう考えていくと、現代社会は「複数の価値を共有する体制」であるとみなすことができるでしょう。もちろん、複数の価値をどれほど許容されるかは、地域によって濃淡があります。宗教の力が強い地域では宗教的価値が他の価値観を圧倒しているでしょうし、独裁的な階級制度が色濃く残っているところでは、階級上位の者の価値観がそれより下の人々に強制されるということもあるでしょう。
しかし、価値観の複雑化という事態は進行速度の早い・遅いはあるものの、おおむねどの地域でも必ず観察されているものです。情報があまねく伝達される現代では、テレビやインターネットなどのメディアを通して、外部の情報が必ず入っていきます。そうすると、何か自分たちと異なる考え方や見方に触れて、それを新しいと感じることが必ず出てきます。この新しさはそのまま価値観に投影されていきます。ですから、よほど情報から疎外された絶海の孤島でもない限り、どの地域の人々も「価値観の複雑化」という事態にさらされているとみることができるのです。
こうした事象を受け入れる大きな器として「文明」をとらえた場合、文明は「価値の共有体制」と意義付けることができます。 それぞれの文明の内部では重要視される価値観にランキングが存在し、そして、それらのランキングを守っていく社会の器として「文明」は定義されるのです。
さらに次に、「人々の生活システム」を見ていきましょう。「生活」と「文明」、一見結びつかいないこれらの言葉ですが、現代社会において文明の果たす役割を考えたとき、人々の生活を「支配」もしくは「管理」、あるいは「規定」や「方向づけ」するのが、文明であると考えたほうが良いと筆者は思っています。
なぜならば、歴史上圧倒的多くの時代では人々の生活はある種の存在に縛られてきたからです。一から十まで、仮に王様や領主であっても、下々の身分の低い者たちまで、どのように生活するかは、その時代その時代の風土や風習、宗教や身分、慣例や法律によって細かく定められていました。女性は親が決めた相手と結婚するのが当たり前だと思われていた時代、身分が上の人に気軽に話しかけることすら許されない時代、そして職業の選択ですらも生まれた身分によってある程度のくくりの中に制約されていた時代が、どの地域でも長く長く続いてきました。そして、国家と政府に何でもかんでも命令される国家主義的な時代を経て、現代社会の生活にたどり着きます。
そこで人々はやっと、少しずつ古くから続いてきた多くの呪縛から解放されていき、生活の中にある様々なものを自らで選択できるようになっていきました。しかし、どんどんと選択肢が増え、ますます自由度の幅が広がってくるたびに、人々はある種の不安を抱えるようになりました。生きていると毎日直面する様々な「選択」に当たって、何を参考にすればよいのかわからないときに人々は不安と苦悩を抱えるようになります。すべてを自分で決定するのではなく、誰かに、あるいは何かに、その決定をサポートしてほしいと考えるようになったのです。皮肉なことに、自由になればなるほど、選択する道を誰かに委ね何かに道を教えてほしいと、人々の多くは考えるものなのです。なぜならば、そのほうが楽ですから。
そうした様々な選択という事態に直面して、人々の選択を支える(何か)、それこそが「価値」があるものとみなされるようになったのです。例えば、新興宗教の多くは信者が何をするべきか規定してくれます。そしてその規定を守る者を庇護します。心の内面的な充実を図るのが宗教の役割と思われがちですが、よくよく観察してみると心の内面的な充実は理由付けと動機付けであり、実際の生活を規定することが手段として目的化しているのです。宗教に限らず、現代社会においては人々の行動や思考の様式を方向付ける様々なものがたくさん存在します。資本主義の社会においては、消費することこそ賛美の対象となります。より良い家、より良い車、より良い暮らし、そういった「より良い」を目指すため、そこに際限はありません。そもそもゴールがないのです。しかし、そのルールに従ってさえいれば、社会の中で人々は褒めてくれます。
「なぜ、より良くないといけないのか?」
「いったいどこまで、より良くすればよいのか?」
それを誰も教えてくれなくとも、自分の周りの人々も同じように「より良い」ものを目指しているので、自分もきっと間違った方向に進んでいないのだろうと、みんなが自らの行動様式を受け入れていくのです。
こうした手段が目的になり、目的が手段になる循環は「システム」と呼ばれます。目的を達成するための手段が仕組みとして組み込まれているのです。
文明とは何か?という 話にもどりましょう。現代社会において、人々は何に価値があるのか、その価値あるものの存在を追い求めています。一方で、社会は価値あるものの方向性を示して人々をそちらに導こうとしています。手段が目的で、目的が手段になっているのです。これは生活がシステム化されているということに他なりません。そして、「文明」という言葉は、その包括的な器の役割を果たします。「文明的である」と、その文明の中にいる人々が考えるあり方に向かって人々自らが行動していきます。一方で社会のほうは、文明の内部にある人に向かって「文明的である」という方向性を示して、人々の行動を規定していくのです。このグルグルとした循環が現代社会における文明の正体なのです。
ですから、
文明とは、価値の共有体制として人々の生活システムを包み込むもの
ととらえることができると私は考えています。この定義は以降何度も出てきますので、ここでしっかりと認識してもらえれば幸いです。
さて、本書における文明の定義も終わったところで、次章では日本文明とは何か、そのことを考えてみたいと思います。
房総文明を考えるときの前提として、まずこの日本文明とは何なのかを考えることが必要になってくるからです。
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